(漫画)紙上に残る配置で補うカメラワークの変化


  • ジオブリーダーズ』といい『ワイルダネス』といい、伊藤明弘さんの漫画は、いわゆる戦闘シーンの「情報密度を伴ったスピード感」に圧倒されてきたのですが、この『ジオブリーダーズ14巻』に来て、戦闘シーンではない会話部分においても、その「情報密度を伴ったスピード感」が高まってきたように思います(あくまで個人的な感性ですが)。
  • 恐らく一番の肝と言えるのは、カメラワークではないかと思います*1。ご覧になっていただければ分かる通り、面白いくらいにカメラが動く。右・左・後・前・上、もしアニメでこんなカメラワークやられたら絶対酔いつぶれるよねってくらいに動く。
    • なのですが、それほどまでにカメラが動くのですが、それが読者に混乱をもたらすようなことにならず、むしろ「情報密度を伴ったスピード感」を与えています。
    • 混乱せずに済む理由。『「絵」と「絵」の間の「絵」(コマとコマの間の「描かれなかった絵」)』を想像しやすい絵を描かれてる感じとか、細かい点では、コマをはみ出した絵を殆ど描かない所や、コマをはみ出すふきだしの使いかたが、はみ出す意味に自覚的(前のコマ・後のコマにふきだしが被る意味がある)所とか、めちゃくちゃ沢山の要因がありそうですが、取りあえず一番目に付いた所では――使われている場所が決して多くは無いので、偶然かもしれませんが、本当に凄いと思ったところ――『紙上に残る配置』が気にかかりました。
  • 紙上に残る人物位置


人物の位置関係に根拠した人物配置ではなく、カメラワーク変更後も残る前コマと同等の位置関係の話です。たとえば、この『ジオブリーダーズ14巻』の冒頭、P6〜P8。神楽さんが他の人物と一緒に入っているコマが(断定できる範囲で)8箇所ありまして、そしてそのどのコマにおいても目まぐるしくカメラワークが変化しているのですが、8箇所中6箇所で、神楽さんが描かれているのが他者より左側になっています(右側に在る場合も、左側に居るキャラは固定されています)。

P6の2コマ目:右側、3コマ目:左側、4コマ目:左側、
P7の1コマ目:左側、2コマ目:左側、4コマ目:右側、
P8の2コマ目:左側
目まぐるしくカメラワークが変わることによって、キャラクター同士の位置関係把握の困難さが増すのですが、それを【(カメラは動いても)キャラクターの描写位置が紙上では固定される】ことにより、緩衝しているのではないかと考えられます。
P58〜P66なんかはもっと特徴的で、神楽さんを含む複数人が登場する7コマ中6コマで、神楽さんが右側に描かれています。


目まぐるしくカメラワークが変わることで、スピード感は出せるのですが、それが「把握しづらい」に繋がってしまうと、かえって混乱を招いてしまいます。カメラが動き回る、イマジナリーラインを越えまくる*2ことにより、人物の位置関係が掴みづらくなり、誰が(何処に)配置されているのか・誰のセリフかが分かりづらくなる。
その分かりづらさを、この、カメラ位置が変わっても、紙の上では人物配置が残ることによって和らげているのではないかと考えられます。左側:神楽さんという配置が残ることによって、カメラが動き回っても、パッと見で、左側に居るのは誰か・左側からのセリフは誰のものか、というのが分かりやすくなっている。瞬時に認識しやすいように組み立てられている、といった感想です。



分かりやすい例ではこの2コマ。視点が正反対方向に切り替わっているのですが、人物の紙面の上での配置は変わらないままです。ゆえに、これだけカメラが動いているのに、パッと見で、右側のセリフが森さん、左側のセリフが神楽奥さん、右側の人物が森さん、左側の人物が神楽奥さんというのが分かる。


カメラワークの変化を紙面に残る「無変化」で補う――すなわち差分が無いことによって、それを補強するという方法。押井守さんが、人間は二次元に生きている(立体で認識する必要がない)と仰っていたのですが(二次元に奥行きや距離などが分かる情報(色合いやサイズ)を与えて、仮想的に立体を作り上げれば、それだけで生活上事足りる、みたいなことだと思われます)、漫画というのは当然二次元(平面)でして、描かれていることの配置や距離は、そのように脳内で立体的な情報として再構築しているだけである以上、立体の配置は動いていても、平面に残る残滓で認識を補うというこの手法は、素晴らしいのではないかと思います。

*1:漫画なのにカメラワークという言葉を使うのが正しいかどうか分かりませんが(他の言い方があるのかもしれない)、分からないゆえに、暫定的にカメラワークと呼ばせていただきます

*2:コマとコマの間に空白が生まれる・さらに複数コマを同時認識可能な漫画においては、イマジナリーラインはさほど大きな影響を持たないのではないかと思われますが。(違うかも)